アラクノフォビア

蜘蛛恐怖症の旦那のくも膜下出血闘病観察日記

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3年目

3年前の5月17日うちの旦那がくも膜下出血で倒れました。もう3年になるんですね。記念記事(笑)なので長いです。お暇な時に読んでね


ここにもきっと「くも膜下出血」で検索してきていただいた人がいらっしゃると思います。

きっと私のように家族が急に倒れて、必死で検索してこられた方もいらっしゃると思います。私の主人はグレード4だと言われましたが、3年後の今は何もなかったかのように、毎日会社に行き、ビールだってちょっと飲むし、社会復帰しています。どうかどうかぜったいに諦めないでください。たくさんの方がこの病気から復活しています。


その日の経緯を書きつけたメモがあるのでご紹介します。

2008年5月16日
夜10時ぐらい・・・・電話で会話をする。「明日のサッカーはみんなで行ける?」と聞かれたので行けるよと答える。異常はみられない。


2008年5月17日
朝9時すぎ・・・・・・まだおきてこない
午前中12時・・・・・サッカーに間に合わないよと起こすと「それは冷蔵庫にまとめていれておいて」などと意味不明なことを言う。おかしいので病院へ行こうと服を出すと「これは小町のだから着ない」という。近所の大きな病院が思いつかず行きつけの総合病院O病院に行こうということになる。

服を着てから嘔吐する。行くよというと「バイバイ」と戸口で手を振るので「一緒に行くんだよ」という。

パソコンを触りだす。「ダウンロードしなくちゃ」とか言っている。デジカメを袋に入れて出かけようとする。ぞっとするほど行動が変でものすごく不安になる。

マンション下のタクシーまで歩いて移動。


のちのちこの行為が私をすごく苦しめました。なんで歩かせたんだろう。なんで動かしたんだろう。ひどくさせたんぢゃないか。ものすごく後悔しました。ぜひぜひ「おかしい」と思ったら迷わず救急車です


午後1時半 ・・・・・O病院は脳外科がありませんと相手にしてくれず、T脳神経外科の電話番号を渡される。電話すると救急車呼んでくださいとパチンと切られる。O病院の受付でそういうとぢゃあ、あちらの公衆電話で救急車を呼んでください」といわれる。


あとあとで考えるとひどい対応ですよね。病院という人を助ける機関がすることかなーって思いますね。これは救急隊員の方も首をひねってました。普通病院のロビーから救急車は呼ばないらしいですよ。その病院で救急車を呼んでくれるようです。かかりつけの大きな病院だったのに。

でもその時はどうでもよかった。



午後2時ごろ・・・・・救急車の人が電話している。「T脳神経外科満床」という。だって私も今かけたもん。「J病院OKです」ここは区が招致した大きな大学病院だ。正直助かったと思った。心でガッツポーズ。運がいい。


午後3時半・・・・・・到着から救急外来で待つ。いろいろ手続きやなにかをする。保険証忘れてきた。

いろいろと聞かれることがあったけど、答えられないことが多かった。
「昨日は何時に帰宅されましたか?」わし「しりません」
「何か昨夜は飲んで帰られたとかですか?」わし「さぁ?」
「日ごろ飲んでいるお薬はありますか?」わし「血圧の薬を」
「どういう薬ですか?」わし「さぁ?」

と、こんな風に私はいかに旦那のことを知らないかが判明した。

いざという時のためにみなさんに配偶者の保険証の場所や、病歴、常備薬は気をつけておかれることをお勧めします。

午後4時・・・・・・・3階のICUに移るので一緒に来てくださいと言われる。旦那はストレッチャーに乗ったまま意識がないようだ。子供たちも不安そう。

午後4時すぎ・・・・・カテーテルというのを足から入れて脳の検査をするので同意書を書いてくださいと言われる。ここで病名も「くも膜下出血」と告げられる。グレード4だといわれる。グレード5は手術ができないらしい。まだ4なので手術できると言われるがかなり状態が悪いことを説明される。

検査前に少しあわせてくれた。意識はなかったけど、苦しそうに咳き込んでいてなんとなく「生きてる」とか思った。

午後6時・・・・・・・カテーテルの検査が終わって手術の説明を受ける。手術は脳の血管の瘤が再度破裂しないようにクリップをはめる手術だと説明してくれる。開頭手術らしい。手術の同意書、輸血の同意書などいろんな書類にサインする。はっきり言って私にできることは同意書にサインをして先生たちを信じてお願いすることしかない。


ここまで何人もの先生たちから病状が悪く助からないかもしれないと言われてきました。正直一人で聞くのは怖くて辛いです。でも手術をしてくれた先生は「この手術がこれからの闘いの一歩です。くも膜下出血には越えないといけない壁がいくつかある。今がその一つです。一つ一つ乗り越えていきましょう。」と励ましてくれました。きっと先生自身のモチベーションもあげているんだと思いました。


午後6時半・・・・・・手術前、廊下で少しだけ会わせてくれる。子供たちも会えた。パパがんばってねと言って送り出す。検査で麻酔をしているようで意識はまったくない。

義妹が埼玉から駆け付けて来てくれた。手術終わりまで一緒にいてくれるという。山口の母も来てくれることになった。

午後11時ぐらい・・・山口の母がやってくる。子供たちをつれてタクシーで帰ってもらう。


母はこの日に新幹線に飛び乗りきてくれました。子供たちもいたのでものすごく助かったのです。この母の行動力には頭が下がりました。


ここからが長いのです。午後6時にはじまった手術が終わったのは、次の日の午前5時半。
なんと11時間以上。



午前5時半・・・・・・執刀してくれた先生のお話があった。手術は成功です。でも今からが大変なんですよと
血管れんしゅくのお話をしてくれる。そのときに「前にも頭がいたいって言ってませんでしたか?出血のあとが見られました」と言われる。頭痛もちだったけど、そんなにひどい頭痛は言ってなかったしなぁ。でも前から脳出血してたのね。

是非頭痛のある方は脳血管を調べたほうがいいです


執刀医の先生は疲れ果てていましたが、「全部血管を見てクリップをかけてきました」と笑顔で説明してくれました。はじめて医者ってすごいって思った瞬間ですね。11時間の命との勝負。そんな緊張感の持続は普通の人間にはできないですね。やっぱ医者って天職なのねと思いました。


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  1. 2011/05/16(月) 19:26:15|
  2. 蜘蛛
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お見舞い

旦那が入院していると、いろんな人が来てくれます。
会社の人もたくさん来てくれました。
私と旦那は元もと同じ会社だったんです。

なので旦那の会社の人は私もよく知ってる人が多いのです。
でね、丁度旦那の担当の営業をしている私の同期にもあったんです。

同期のSくんなんですけど、彼はとてもハンサムで素敵な人だったんですよ。
人づきあいがよくて気持ちがいい人で優しいし、裏表がなくて上の人にも下の子たちにも慕われていました。もちろん女子にも。


でもね、でもね・・・






ここだけのお話ね、残念なことに






おバカちゃんなの。





なんっていうかね、新人研修があるでしょ。みんな初心者なんだけど、もうダントツ・・・なんですよね。結局営業に行ってしまいました。でもそのほうが向いてますね。


Sくんとは同期なのでとても仲が良かったんですが、私のお誕生日に何かプレゼントするけど何がいい?と聞かれました。


私は「自尊心を満足できるもの」と答えてみました。


そしたらね、私のお誕生日の日にピンポンって会社にお花屋さんがやってきて
「まなみさんにお花のお届け物です」って。でっかい花束。


みんなザワーって。女の子たちに「誰からですか?え!!営業のSさん!!えーいいなー」なんて言われて(同期以外にはモテてた)。



ふーん、こういう問題はわかるんだね。



こういうのは解けても、九九が危なっかしいんですよね。
違う能力なんでしょうね。


なんだか懐かしかったです。久々に会ったSくんはそれなりの年齢を重ねて渋いいい男になっていました。「なんで早く教えなかったんだ」と怒る上司に「まぁまぁ、いいことぢゃないから話しにくいよな!」ってかばってくれたりして。やっぱりとってもいい人でした。

一緒に仕事するのは「うーん」だけど(笑)遊び仲間にはもってこいって言う人だったんですよね。病気になったからこそなんだけど、おかげで懐かしい人にあえたり、連絡が途絶えてた人と連絡し合えたり、こういうのでも少しだけ癒やされました。

  1. 2010/06/02(水) 22:42:15|
  2. 蜘蛛
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薬が減りました

旦那が倒れてもうすぐ2年になります。
何も障害は残らなかったとはいえ、身体の中にはシャントっていって脳から水を出すチューブがはいっていて、一生これと付き合わなくちゃなんです。

それにいろんな制限もあります。車の運転も駄目なんですよ。これは倒れて10年たった友達も駄目らしくて、彼女は免許の書き換えの時にお医者様の許可が出ず免許停止になったようです。うちの旦那はなんとか書き換えはできましたけどね(でも運転はだめなの)

海外旅行も駄目みたいです。まぁいらないけど。命かけても行こうと思うところはどこもないです。

あと毎日おテンコ盛りに飲む薬。これはなかなか離れないようです。

でね、昨日病院に行ったら薬を減らされたんだって。
けいれん止めの薬。最初は4錠/日だったんだけど、前回減らしてみましょうと2錠/日になり、昨日0になりました。

この病気の後、痙攣をする人は結構いて友人も何度も痙攣して気を失っています。一度は台所で火をつけたまま倒れたらしくて、一人だったのでほんとに何もなくてよかったと言ってました。

旦那も病院から痙攣が起きたらどこにいても(会社でもどこでも)すぐ救急車を呼びなさい。と言われてるらしいです。会社の人にもお願いしてあります。

一生この病気と付き合って行くんでしょうね。薬がゼロになる日はこないのかもね。でも生きていることを喜んで過ごしましょう。毎回薬代もすごいんだけどね。でも命には代えられないし。


↓やっと読み終えました(前回の記事はここ)でもハッピーエンドぢゃないの。なんて神様は不公平なのかしら。リハビリをがんばる奥さんに今度は癌の宣告。でも私たちは闘って行きますって終わりなんです。現在進行形なの。お子さんは小学5年生。強く生きるご家族の姿は同じ病気で頑張る人たちの支えになりますね


突然、妻が倒れたら突然、妻が倒れたら
(2009/10/31)
松本 方哉

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  1. 2010/05/18(火) 19:50:31|
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付け届け

旦那がくも膜下出血で入院していたときに、母が実家から
やってきて2カ月以上退院するまでいてくれました。
母がいなかったらどうしてただろう。想像できないぐらい助かったんです。
でもね、やっぱたまーに衝突することも。


母は古い人なのでしきりと「お医者さんに いくらか包め」っていうんです。

普通これって今でもするのかしらって。
大変な手術だったし、お礼をちゃんと言いたいとは思うけど
お金をあげるのには抵抗ありました。


お金が惜しいわけぢゃなくて、なんかさ、せっかく一生懸命助けてくれた先生を汚すような気がしちゃうのよね。
私がだめなのかしら。お金の話に関してなんか私は罪悪感があるんですよね。
金で人の気持ちを買うことが汚れた行為と言う気がするんですよ。

なんかそれで母と喧嘩しちゃうし。いらん喧嘩ですよね。


担当医さんと執刀医さんは違う人なんです。私がお礼を言いたいのは
執刀医さんなんです。でも包むのは担当医さんだというんですよ。
それは「これからよろしく」って意味らしい。うーん、ますますもって
嫌な感じだ。このお金で治療が変わると思えないね。
でも母は変わると言い張るんですよ。
アンタが世間を知らんのだ。みんなやっている」と言うんですよ。
そうなの?そうなの?


では私の意志で執刀医さんにあげるとしてさ。
執刀医さんは手術専門みたいな先生のようなんですよ。
まぁ、ほんとに誰でもできる手術ぢゃないんだと思います。
30代の若い先生で、「ご主人も命がけでがんばっています。私たちも命がけで助ける。ご家族も大変でしょうけど、一緒にがんばりましょう」
と言ってくれた先生なんですよ。
いつもこうやって私たちのモチベーションを上げてくれるんです。
きっとそれは大変で長時間の手術をするご自身のモチベーションも一緒にあげてるんでしょうね。この先生に付け届けを?


うーん、うーん、うーん。


すごく悩みました。で
ネットで調べたんです。そしたらネットではみな「それはしないほうがいい」と
いう結論なんですよ。お医者さんの書き込みにも「断るのも断わりにくいのでやめてください」というのもあってやっぱお医者さんも困ってるんだなーって思ったんです。
ネットの総意は「付け届けはいらない」だったんです。



で、リアル社会で聞いてみました。そしたらほとんどが
「あげたよ」って言う人ばかり。医療関係者の知り合いも「あげる人多いよ」
と言います。したよって言う知人に「どれぐらい包んだの?」と聞くと片手を広げます。
「5万かぁ・・」と言うと「桁が違うけど」と言われました。えーー!!
リアル社会の総意は「付け届けしろ」だったんです。


ネットとリアル社会の乖離をすごく感じた瞬間でしたね。
どっちを信じればいいんだろう。私はリアル社会を信じたんです。


先生から今後の話をしたいと言われた時にこっそりお金をしのばせて
行きました。もちろん大金ではありませんよ。


でね、ころあいを見て渡しました。でも断られちゃった。
「ほんとに大変な手術をしていただいて感謝してるんです。気持ちなので」と言ったら
「だったらそのお気持ちだけいただいておきます」と返された。


でもちゃんと感謝の気持ちをきちんと言葉でその時に
伝えられたのでよしとしましょう。
それに断られたよって言ったら母も納得してくれました。


うん、ちょっと大人になった気がした。
でもこんなことも自分で判断できないんだな。まったく情けない。
今後は付け届けしようかと悩みませんよ。

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  1. 2010/03/27(土) 19:55:49|
  2. 蜘蛛
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くも膜下出血の時のお金のお話など

旦那が倒れたのが2008年5月17日、5月の月末には
5月分の請求書がやってきます。

高額医療費控除って制度を知っていますか?
これは1カ月の医療費がある金額を超えたら
収入に応じてある一定金額しか払わなくていいっていう
制度です。

たとえ100万かかっても8万(うちの場合ね)とかしか払わなくて
いいってこと。


これね、数年前まで一旦負担して手続きして戻ってくるって
いうものだったらしいです。今では予め申請しておくと
一旦負担しないでも窓口で8万しか払わないでいいの。


申請は社会保険庁に行ったらすぐ手続きしてくれて
その場で認定証をくれます。で、それを病院の窓口に提出します。

でね、最初の月は手術してるし、ICUにずっといたし
いい値段を請求されるんだろうなと思ってたのですが
ほんとにすごくて(笑)うちではどんだけ借金しても
こんなお金できないなって金額でした。
でもこの認定証のおかげで8万しか払ってないけど。

あのね、これデフォルトでつけておけばいいんぢゃないのかしら。
この制度を知らない人はどうにかして払うわけでしょ。
わざわざ申請しないとこの高額医療費控除は使えないわけです。

これを全部につけたらいいぢゃない。一旦全額払いたい人とか
いないから。
後期高齢者医療ではこの高額医療費はすでについていて
どんなにかかろうとある一定額しか請求されないの。


なんかさー、意地悪な見方かもしれないけど
この制度を知らない人からお金貰おうと思ってるんぢゃないの?
って思っちゃいますよね。


家族はこういうことも考えないといけないんですよ。
悲しんで心配してるばかりぢゃなくて、容赦なくこういう現実的な
ことが待っているわけです。社会保険庁に行って手続きして、
保険のおばさんに会って、入院が長引けば転院する病院を探したり、
ほんとこういうことがいっぱいあるの。


誰かのサポートがほんとに必要だって思いました。
家族のケアってもっと考えたほうがいいですね。
今この時もきっとたくさんのご家族が大切な人の病気や事故で
心配しながら現実的な問題に立ち向かってるんですよ。
なんか偉い人たち考えてほしいですね

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  1. 2010/03/20(土) 22:37:47|
  2. 蜘蛛
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